まえがき
　地盤の耐震工学には大きく分けて,振動に関連する問題と液状化に関係する
問題とがある。これらが被害に結び付くメカニズムには一見違いがあるように
も思えるが,地盤工学の視点から見れば,残留変形すなわち地震後に残ってい
る変形の大小が被害の程度を決めていることに,違いがない。地震荷重が終
わっても変形が残るのであるから,これは塑性あるいは非線形な材料特性の問
題である。このような複雑な問題を理解するには,実証的な姿勢が重要である
ことは言うを侯たない。実証的というのは,過去の被害事例や実験から得られ
る情報を重視しなければならない,という意味である。
　実証的に地盤の問題を学ぶことには,理論や計算手法を学習するのに比べて,
困難がある。経験したことのない事象を文字を通じて理解することは,容易で
はない。設計公式を集めてきて,これでやればいいんだ,と言い切るほうが,
よほど簡単である。しかし,設計公式が予想もしていなかった状況,たとえば
荷重が大きい,材料が異なるような場合,元の設計公式が適用できるかどうか
の判断能力は,公式を収集する作業からだけでは身に付かない。公式の基礎に
なっている事例や実験結果を理解してこそ,判断ができるようになるのである。
　本書では,実証的な情報をできるだけ含めるようにした。しかし,限られた
ページ数のため,決して十分とはいえない。しかし,物事のとっかかりにはな
るであろう。
　ここで,あちこちの本のまえがきでよく目にする言葉を私も述べなくてはな
らない。本書の執筆は2,3年とは言えないほどの長い年月を要した。それも
連日執筆の努力をしたわけではない年月である。あれこれ言い訳をする私を許
容してくださった地盤工学会の事業部や事務局の皆様には,いくら恐縮しても
しすぎることはない。ただここで一言申し上げると,この長い期間,私はもう
一冊の書籍の執筆に没頭していたのである。これは上述した実証的な情報を集
めつくそう,そしてそれをもとに現実の様々な解析方法の成り立っている背景
を明示しよう,としたもので,およそあらゆる話題を取り扱っている書物が本
書と時を同じくして完成した。実はそちらの書籍のためにこしらえた図面を,
簡潔版である本書にも利用した,というところが真実である。もし本書の次
に,さらに詳しい勉強を志される読者がおられれば,ドイツのSpringer社か
ら刊行されたGeotechnical Earthquake Engineering by Ikuo Towhataという
書籍を読まれることをお勧めする。



平成20年7月
東畑　郁生


目次
第1章　はじめに
　1.1　地震の歴史
　1.2　地震の被害について

　1.3　被害の軽減と耐震設計

第2章　地震と耐震動
　2.1　地震の発生のメカニズム

　2.2　地震波の伝播

　2.3　表面波

　2.4　地震の震度

　2.5　ゆれの強さと断層からの距離

　2.6　地震動と地形・地質の関係

　2.7　設計地震動について

第3章　構造物の被害事例
　3.1　建築物

　3.2　斜面の問題

　3.3　河川堤防

　3.4　盛土

　3.5　アースダムの事例

　3.6　橋梁に関する問題

　3.7　地中構造物の問題

　3.8　護岸と岸壁

　3.9　地殻変動と断層の問題

第4章　振動の知識
　4.1　質点系の振動

　4.2　応答スペクトル

　4.3　複素剛性

　4.4　地震の振動

第5章　土と地盤の動的性質
　5.1　土の動的性質

　5.2　原位置調査

　5.3　砂と粘性の違い

　5.4　動土圧について

第6章　地盤の液状化
　6.1　液状化のメカニズム

　6.2　液状化に伴う構造物の被害

　6.3　液状化強度に影響を与える諸要因

　6.4　液状化の判定

第7章　液状化地盤の永久変位
　7.1　永久変位とは

　7.2　大変形メカニズム

　7.3　予測手法

　7.4　定常状態

　7.5　大変形予測法の評価

　7.6　さらに刺激的な話題

第8章　液状化対策
　8.1　液状化対策の考え方

　8.2　液状化の発生を防止する対策工法

　8.3　構造的対策工法

　8.4　対策工法の有効性

第9章　各種構造物の耐震設計

　9.1　耐震設計法の考え方

　9.2　各種構造物の耐震設計法

　9.3　ライフラインの地震防災対策