まえがき
　地球温暖化,森林の喪失,砂漠化,河川・海岸の浸食さらには大都市域のヒートアイラ
ンド現象など,地球と地域をとりまく環境が加速的に悪化しており,このことが自然災害
多発の要因の一つになっている。一方,わが国では巨大地震発生の逼迫性に加え,少子・
高齢・核家族化,都市圏の過密化と地方の過疎化,さらに社会基盤施設の老朽化により国
民の生命の安全と安心な生活が脅かされている。
　このような状況下で21世紀の地盤工学技術者は,これらの既存の社会基盤施設の維持
管理を進めるとともに,従来とは異なる自然環境条件下における都市での生活をより安全
で安心できるものに強化していく必要がある。このための新しい社会基盤施設の維持管
理,強化は,既存の施設と無関係ではありえない。むしろ,都市における地下工事に当
たっては,既存構造物に近接した位置で,空間を最大限利用して既存構造物の更新,新設
構造物の施工を進める必要がある。その際には,すべての既存の施設に悪影響を与えない
ように細かい配慮が不可欠である。
　近接施工にあたっては,まず既存の構造物の位置,種類,状態を周辺の地盤,地下水条
件と合わせて調査,把握しておく必要がある。さらに,新設構造物の設置あるいはその施
工が,既設構造物にどの程度の影響を及ぼすかを推定する必要がある。近接施工に伴い既
設構造物に発生する変位や応力は,複雑な地盤条件や施工条件の影響を受けるため,精度
よく推定することが困難な場合が多い。このため,類似の工事事例や試験施工の結果から
変位を推定し,必要に応じて有限要素法等の数値解析による推定を併用して検討すること
になる。これらの各種の検討結果に基づいて,既設構造物の重要度なども総合的に勘案し
て,対策工の要否を含めて技術者は工学的判断を求められる。さらに,実際の施工にあ
たっては,既設構造物や周辺地盤の変位,土圧,地下水位変動を含めて計測し,管理値と
の比較に基づいて,安全性を確認しながら工事を進める必要がある。
　これらの一連のプロセスに当たっては,技術者は土質力学,地盤工学に関する理論,知
識,技術を駆使して作業を進めることが要求される。コンピュータを利用した有限要素法
の普及,発達とともに進展してきた土の構成式を中心とする理論的研究により,土質力
学,地盤工学上の問題が合理的に解決されるようになってきた。しかしながら,特に近接
施工のような問題では,きわめて複雑な荷重,境界条件となることが避けられず,土の構
成式に基づく材料的な応答よりも,むしろ荷重を含めた境界条件が地盤,地下水を含めた
新設,既設構造物の応答を決定することの方が多い。また,近年の情報関連機器,ネット
ワーク技術の目ざましい発達により,従来得ることができなかった近接施工に伴う詳細か
つ精度良い計測結果等の情報の搬送,収集が可能になっている。したがって,近接施工に
おける工学的判断を求められる技術者にとっては,土質力学,地盤工学の理論,知識に加
えて,類似の地盤条件,施工内容,近接度等をもった施工事例を極力多く参照して,総合
的に判断できることが必須と考えられる。
　本書は,平成元年9月に土質工学会より土質基礎工学ライブラリー34として発行された
旧版「近接施工」を継承し,改訂したものである。改訂にあたっては,前述のように近接
施工に関する土質力学,地盤工学的問題の複雑さを考慮して,旧版「近接施工」にならっ
て各種の近接施工事例の紹介を主とした構成を採用した。具体的には,各種の近接施工事
例を集め,それを新設構造物の施工法,既設構造物の種類等により分類し,地盤条件,施
工記録に応じてなるべく幅広いケースをカバーできるように選択した。また,それぞれの
工事種類に応じて,近接施工に関する問題点,変位・変状の予測方法,対策方法,計測管
理の基本的考え方,着眼点について,土質力学,地盤工学的観点から体系的に解説してい
る。
　第1章は,近接施工を定義し,その要点を総括的に解説した章である。近接施工の検討
手順,近接度判定,必要となる調査,設計,施工計画,周辺影響予測方法,対策工法,計
測手法について述べる。
第2章から第7章までは,新設工事の施工法別に各章を構成し,
各章の最初に概説を置き,それらの問題点,周辺への影響等について述べ,その後に近接
施工事例を記載している。
第2章は開削工事,第3章は杭やケーソン等の基礎工事,第4
章はシールドトンネル工事,第5章は山岳トンネル工事,第6章は盛土工事,第7章は近
接施工に伴う対策工事として行われる地盤改良工事が各種の既設構造物に及ぼす影響を取
り上げた。付録には,近接施工における計測管理の基準となる各種構造物の変位,勾配等
の許容値等を要約している。
　本書は,前述のように地盤工学技術者が近接工事に遭遇した場合の土質力学,地盤工学
的に合理的な技術的検討を行う上で参照していただくための総合的案内書を企図したもの
である。本書に収録した近接工事事例とその解説は,いずれもそれぞれ担当された地盤工
学技術者の知識,知恵,技術的判断がちりばめられた貴重なものと自負している。本書に
より,読者が近接施工の醍醐味を知り,そのコツを体得される一助となれば,編,著者の
一人として幸いである。
　本書に収録した施工事例の収集,解説の執筆,査読に当たって,編集委員会,執筆者各
位に大変にお世話になった。特に,小山幸則先生には,副委員長として事例選択,解説執
筆,査読を総括いただいた。また,編集委員会発足時より幹事として終始,熱意をもって
調整,取りまとめに尽力された増澤伸司様,焼田真司様,また事業部出版企画委員会の田
中正智様,事務局の下山礼子様にはお世話になった。ここに記して,厚く感謝の意を表す
る次第である。
平成22年12月
「近接施工」編集委員会
　委員長　赤　木　寛　一
目次

第1章　近接施工に関する一般的事項

1.1　はじめに
1.1.1　近接施工の定義
1.1.2　近接施工の現状と問題点
1.2　近接施工の検討手順と近接程度の判定
1. 2.1　近接施工に関する指針
1.2.2　検討手順
1.2.3　近接程度の判定
1.3　近接施工に関する調査
1.3.1　概要
1.3.2　関連法規・立地条件の調査
1.3.3　既設構造物の調査
1.3.4　地盤・地下水の調査
1.4　近接施工の設計・施工計画
1.4.2　設置位置の計画
1.4.3　構造・基礎形式および対策工の選定
1.4.4　施工計画
1.5　地盤および既設構造物への影響の予測方法
1.5.2　地盤変形の予測方法
1.6　近接施工の対策
1.6.1　概要
1.6.2　対策工法
1.7　計測管理
1.7.1　概説　
1.7.2　計画
1.7.3　計測管理方法

第2章　開削工事による近接施工
2.1概説
2.1.1　開削工事による近接施工の問題点
2.1.2　開削工事により既設構造物に影響を与える地盤挙動
2.1.3　開削工事による近接施工の検討方法
2.1.4　開削工事による近接施工での計測管理
2.2　建築基礎に近接した根切り工事の施工例
2.2.1　工事概要
2.2.2　影響予測,対策工法の検討
2.2.3　計測結果
2.2.4　まとめ

2.3　橋脚基礎に近接した開削工事の施工例
2.3.1　工事概要
2.3.2　影響予測と対策工
2.3.3　施工計画
2.3.4　施工結果
2.3.5　まとめ
2.4　盛土に近接した開削工事の施工例
2.4.1　現場概要

2.4.2　影響度および防護工に関する検討
2.4.3　計測管理
2.4.4　フィードバック解析による変形予測
2.4.5　まとめ
2.5　シールドトンネルに近接した開削工事の施工例(1)

2.5.1　工事概要
2.5.2　影響予測と対策工

2.5.3　施工計画
2.5.4　施工結果
2.5.5　まとめ

2.6　シールドトンネルに近接した開削工事の施工例(2)
2.6.1　工事概要
2.6.2　影響検討
2.6.3　計測計画

2.6.4　計測結果
2.6.5 まとめ

第3章　基礎工事による近接施工
3.1　概説
3.1.1　基礎工事による近接施工の問題点

3.1.2　基礎工事に伴う地盤の挙動
3.1.3　基礎工事による近接施工の検討方法
3.2　橋脚基礎に近接した場所打ち杭の試験施工例
3.2.1　試験工事の計画
3.2.2　試験結果
3.2.3　数値解析による検証
3.2.4　まとめ
3.3　ケーソン基礎に近接したニューマチックケーソン基礎の施工事例
3.3.1　工事概要
3.3.2　影響予測
3.3.3　対策および計測管理
3.3.4　まとめ
第4章　シールドトンネル工事による近接施工
4.1　概説
4.1.1　シールド掘進に伴う地盤の挙動
4.1.2　密閉型シールド工法の施工上の留意点
4.1.3　地盤変状の予測方法と近接構造物の安全性検討
4.1.4　変状防止対策と計測管理方法
4.2　建築基礎に近接したシールドの施工例
4.2.1　工事概要
4.2.2　影響予測および対策工事
4.2.3　施工結果
4.2.4　まとめ
4.3　橋脚基礎に近接したシールド
4.3.1　工事概要
4.3.2　影響予測・対策工の検討
4.3.3　施工結果
4.3.4　まとめ　
4.4　既設地下鉄,橋脚基礎等に近接したシールドの施工例
4.4.1　工事概要
4.4.2　影響予測および対策工の検討
4.4.3　施工計画
4.4.4　施工結果
4.4.5　まとめ
4.5　他のシールドトンネルに近接した施工例
4.5.1　工事概要
4.5.2　影響予測と対策工
4.5.3　施工計画
4.5.4　施工結果
4.5.5　まとめ
第5章　山岳トンネル工事による近接施工
5.1　概説
5.1.1　山岳トンネル工事による近接施工の問題点
5.1.2　山岳トンネル工事における近接施工対策
5.1.3　山岳トンネル工事における中間地盤対策
5.1.4　山岳トンネル工事における近接既設構造物の対策
5.1.5　山岳トンネル工事による近接施工の安全監視
5.2　住宅地に近接した山岳トンネルの施工例
5.2.1　工事概要
5.2.2　対策工の検討と影響予測
5.2.3　地表面沈下の動態観測
5.2.4　施工結果
5.2.5　まとめ
5.3　盛土に近接した山岳トンネルの施工例
5.3.1　工事概要
5.3.2　影響予測と対策工
5.3.3　施工計画
5.3.4　施工結果
5.3.5　まとめ
5.4　他の山岳トンネルに近接した施工例
5.4.1　工事概要
5.4.2　影響予測と対策工
5.4.3　施工計画
5.4.4　施工結果
5.4.5　まとめ
第6章　盛土工事による近接施工
6.1　概説
6.1.1　盛土による近接施工の問題点
6.1.2　盛土による近接施工に伴う影響範囲の推定
6.1.3　盛土による近接施工に伴う影響度の予測
6.1.4　盛土による近接施工に伴う影響度軽減のための対策
6.2　高架橋に近接した盛土の施工例
6.2.1　工事概要
6.2.2　影響予測と対策工
6.2.3　施工計画
6.2.4　施工結果
6.2.5　まとめ
6.3　シールドトンネルに近接した盛土の施工例
6.3.1　工事概要
6.3.2　影響予測と対策工
6.3.3　計測計画
6.3.4　計測結果
6.3.5　まとめ　
6.4　山岳トンネルに近接した盛土の施工例
6.4.1　工事概要
6.4.2　影響予測および対策工の検討
6.4.3　施工計画
6.4.4　施工結果
6.4.5　まとめ
第7章　地盤改良工事による近接施工
7.1　概説
7.1.1　薬液注入工法
7.1.2　深層混合処理工法
7.1.3　生石灰杭工法
7.1.4　地下水位低下工法
7.1.5　凍結工法
7.2　深層混合処理工法の施工例
7.2.1　工事概要
7.2.2　影響予測,対策工法の検討
7.2.3　計測結果
7.2.4　まとめ
7.3　薬液注入工事の施工例
7.3.1　工事概要
7.3.2　影響予測と対策工
7.3.3　施工計画
7.3.4　施工結果
7.3.5　まとめ
付録　構造物種類別基準値
1. 軌道
2. 構造物および基礎
3. 建築物(日本建築学会　建築基礎構造設計指針)